千葉県志津にあるライブハウスに、BRUG[男性デュオ→詳しくはこちらから]を含む8つのアマチュアバンドが出るライブを見に行った(19日)。技術うんぬんではなく、音楽をやりたい! という気持ちがほとばしる様子を見ているだけで、売るために「加工」された「はやり」音ばかり「聞かされている」身としては、心地よく楽しめた。
どこにでもいる「フツー」の青年たちが、ステージに立つと大きく見える。表現者として、すっくと立ち上がって、光を放つ。その活きのよさに、音楽の力を感じて感動する。
とりわけ BRUG の演奏には求心力があった。何が、私の中に他よりも際立った感情を呼び起こすのだろう。やはり、声と音に乗って、私に伝わってくるもの、としか言いようがない。
この夜の BRUG は、今までで聴いた中で、もっとも鮮烈にギターが響き、ヴォーカルとギターの融合度が高まり、些細なことで落ち込んでいた私のこころをあっという間に癒してくれた。
MC から演奏への入り方や間奏からヴォーカルへの入り方も抜群で、16日の大野さんの MC と歌唱が融合した「自然体」ライブを思い出した。
声と音が、くっきりとした輪郭を描き、半端さがないことが「際立つ」条件なのだと思う。それと強い「思念」だ。その両方を兼ね備えている BRUG のこれからの進化がとっても楽しみだ[BRUG のサイトはこちらから]。
8つのバンド全部を聴いて思ったのは、「のど」という楽器も含めて、人間は本当にいろいろな色を持った音を紡ぎ出せるのだな、ということ。そしてその楽器というのは、演奏するひとの心や「気」を運ぶ、きわめて優れた道具なんだ、ということ。
珍しくインストゥルメンタル、つまりギターの音だけで自己表現する人がいたから、その想いはなおさら強くなった。音の楽しみ方は、本当に何通りも何通りもあるんだ。
この日は、出たバンドに順位が付く「国獲り」ライブになっていた(さらにチャンピオンまで後に決まる)。主催者側は緊張感を持って真剣にライブを催すためのイベントと説明していたが、そう多くない観客が判定する結果に落ち込むアーティストを見ていると、修業中だからこそ、まずはもっとステージを楽しみ、とことん自分のスタイルを追求する方が先なのではないか、と疑問に感じた。
早い段階から「競争」に巻き込むと、「勝つ」ために自分の音楽を曲げてしまいそうなアーティストも出てくるだろう。事実、うけるために曲を作りステージを構成しようと考えているアーティストもいると聴いた。
音楽を楽しんでこそ、アーティストも光を放てる。その楽しさが伝わってこそ、聴くものも光を生み出すきっかけをもらえる。大野靖之さんのライブが教えてくれていることでもある。
2007年09月20日
BRUG が放つ光から音楽を想う
posted by さとる at 16:13| BRUG