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2011年09月25日

「燃えた」大野靖之を味わいつくす

 「こんなライブを待っていた」と感じるほど久しぶりに、大野靖之ライブを堪能した。


 9月24日、東京は渋谷「Pleasure Pleasure」。長いこと、バイオリンやベース・パーカッションまで従えて大人数のバンドでライブをやっていた大野が原点回帰、デビュー前からの知り合いであるギタリスト・後藤康二と、2人だけの「濃い」空間を作ってくれた。

 私が大野靖之に惚れ込んでいるのは、人を安心させる声質、メッセージを伝えられる言葉を紡げる発音、強い喉に支えられたブレない音程(発声)……なのだけれど、音が厚くなると、つまりバックの楽器が多くなると、どうしても、ボーカルの比重は下がる。

 それでも、そのアンサンブルもじゅうぶん魅力的だったのだけれど、今回聴こえてくるのは、大野の声、大野のピアノまたはギター、後藤のギター、その3つ(または2つ)だけである。うれしいなぁ、楽しいなぁ。後藤の、繊細かつ大胆なギターの音も大好きなんで、自分好みの、いとおしく懐かしい声や音を、たっぷり楽しめた。


 大野のテンションも、なぜか極めて高く、これがあたかも「ファイナルライブ」であるかと錯覚するくらい、気持ちを込めて歌っている。恐いくらいに半端なく、歌に現れ出る魂に心震えた。その日その日に全力を傾け、エネルギーが燃え尽きるまで歌う……それが彼の真骨頂なのだ、と改めて感じた。

 震災後、地震や原子力発電所の事故で、いつ死ぬかわからない時代に入り(実は今までもそうで気付かなかっただけなのだが)、一日一日を大事に生きる、ってこういう意味だったのか、なんてことまで、考えさせてもらった。


 でも、超欲張りに言えば、震災後に彼も変わったであろう価値観がわかる新曲が欲しかった。周りはいつまで彼にラブソングばかりを要求するのだろうか。

 これだけのライブをするシンガーソングライターが、この国にはいる。しかし、残念ながら、まだ彼はよく知られてはいない。ファンだけの財産で満足するのはもったいない。策は………ないのかもしれない。いい人やものが埋もれてしまう、この国…だからこそ、気を取り直して日記を再開しよう。再開の気力を与えてくれた大野靖之に感謝しつつ。


[大野靖之については、「こちら」のサイトか、「こちら」のブログを]
posted by さとる at 23:35| 大野靖之