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2011年07月11日

放射性物質とぺしゃんこになった自動車

 山形に車で荷物を運ぶ用事(「ひょっこりひょうたん島」のキャラクターグッズ500点を寄贈する)があって、相方と1泊で往復した(7月3日〜4日)。


 当然ガイガーカウンターを持っていき、車の中でこまめに変化を読み取る。しばらくは、自宅内での0.08〜0.14マイクロシーベルト毎時(これでも3.11以前よりは高い)とほぼ同じレベルが続く。大きく動いたのは、栃木県の那須に入ってから。断続的に、0.5を超え最大値が0.69(以下「マイクロシーベルト毎時」を略す)。

 低い放射線量が身体に与える影響はまだ解明されていないが、少なくとも年間1
ミリシーベルト以上であれば、ガン等の病気になる確率が上がるなどの関係性が承認されている。生活空間でこれを1時間に直すと、0.12マイクロシーベルトとなるから、0.2を超えたらもう要注意だと自分なりに考えている。

 そして福島県に入ってからは、上がったり下がったりはあるけれど、絶えず0.2を超える地点が現われる。さらに特別に高い「ホットスポット」と思われる地点にも出くわす。郡山インター付近では、1.48まで上がり、二本松市では今回の最高値、1.55に至った。その後も福島市周辺で何度も0.6〜0.7を記録する。福島県を出て以降は、自宅程度に戻った。帰りもおおむね同様の結果だった。


 やはり前回新幹線の中から測った値よりもはるかに高く、高い範囲も広い[6月6日の記事参照]。道路の方が地面にも近いし、よりリアルな値なのだろう。

 ちょっと驚いたのは、福島県と宮城県の県境辺りから雨が急に降り出したのだが、その雨とともにカウンターがイッキに0.5まで上がり、やむまでそのあたりの値を続けたことだ。他の場所は、公開されているデータを見ても放射線量が高いところなのだが、ここはそれにあたっていないし、帰りはここまで上がらなかった。

 だから、もしかしたら、雨が放射性物質を運んできてカウンターが反応したのかもしれない。放射性物質は「プルーム」という雲になって運ばれ、雨と一緒になると大量に地上に降りてくる、というからその結果なのかもしれない。


 放射能は目に見えないし、においも味も音もしないから、放射性物質に汚染されていても実感しにくい。だからやはり数字で示されると、それも車内で急激に数字が上がっていったりすると、やはりこわい。そして、那須から福島県にかけて生活している人たちが、こんな高い線量の中で暮らしていてだいじょうぶなのか、と思わざるを得ない。国民全員にガイガーカウンターを配ったら、原子力発電に対する考え方も変わってくるかもしれない。


 帰り道、迷った末に、仙台によって、海岸まで出て、震災の被害に遭った地区を見てきた。「ただ見る」だけの行動に意味があるのか、失礼ではないのか、などと考えたが、阪神・淡路大震災の時、神戸在住の友人が「興味本位でもいいから、復興する前に壊滅した町を見に来てほしい、人生観が変わるから」と言われていたことを思い出し、決心した。その時は行けなかったために、震災というものをリアルな危機意識を持って見られないままに今回の震災に遭った、と反省もしているからだ。

 海岸を10km 近く走った。がれきはだいぶ片づいていたが、まだ山となって積まれているところもあるし、倒木はまだかなり放置されている。無残につぶれた自動車を見るとハッとする。道を行くのは大半が、がれきを積んだ、あるいは積みに行くと思われるトラックだ。走った地域のほとんどが、泥をかぶったままになっている。異臭がする場所も多かった。

 散在する家々は、1階がほとんど突き抜けたようになくなっている。全壊している家ももちろんある。修理して生活しているらしい家がほんの数軒あるものの、車を停めて、ここに暮らしていた人がどうなったのかを想像すると、哀しみとも悔しさとも罪悪感とも、何とも言えない、身体が崩れ落ちるような気分にとらわれた。


 そんな「感傷」にひたるのは不謹慎かもしれない。しかし、現場を見ないことには、想像力の限界を突破できない。この災害を「実感」し、それに追い討ちをかけた原子力発電所事故への怒りを「本物」にするためにも、行って意味はあった、と感じる。もちろん私がこれから、「闘っていく」ためにも。
posted by さとる at 13:42| 原子力発電