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2011年06月05日

20年間音信不通だった人と、都内の交差点でばったり会うかなぁ

 それは、5月中旬のある昼下がり。東京は飯田橋駅すぐそばの大きな交差点を渡っていたら、反対側から見覚えのある顔が。なぜか、何のためらいもなく、「Sさん!」と声をかけた。やはりSさんだった。20年ぶりの再会。こんな奇跡もあるんだぁ……いまだに信じられん。


 Sさんと知り合ったのは、自分が社会に出て初めての「仕事」=非常勤講師として勤めた高校。ふたりとも、ほぼ同い年で、若気の至りで、生徒に味方しまくり、他の教員や学校の「理不尽」とは、闘いまくった。結果的には、ふたりともその高校を追い出されることになる。

 しかし、楽しい日々でもあった。当時、私の家は、生徒のたまり場。居酒屋兼雀荘兼合宿所、たまにカウンセリングルーム、という感じだった。非常勤講師の悪い待遇(机もない、翌年の雇用はぎりぎりまで決まらない、専任との差別……)に対抗するために「講師会」を作り、ほとんどの非常勤講師がわが家の2階で決起集会(と言いつつほとんど飲み会)を開いたこともあった(でも校長に要求を出した!)。私とSさんは、そうした動きの中心にいた。


 いちばんうれしかったのは、ふたりとも、その「生き方」を今もほとんど変えていなかったこと。6月2日に改めて会ってお茶をした時、彼が「何とかネクタイをしないでここまで来れたよ」。彼は今も私立高校の非常勤講師。でもネクタイなしのラフな格好で授業をし、世の中の矛盾を語り、同僚や校長等の「ありえない」対応にはしっかり自己主張している。素敵だ〜。

 おまけに、Sさん、若い! 20年経ってもほとんど顔立ちが変わっていない。今まで通り好奇心旺盛で、全く老け込んでいない。「いいかげんに生きてるからね」は謙遜。「自分らしく」生きてるからだよ〜。もちろん、自分も「若い」と言われた、ただし「白髪が増えたみたいだけど」。

 知り合った頃の思い出(と言ってもただのノスタルジーではなく、けっこう鋭い当時の分析付き)、その後ふたりがしてきた苦労、職場や今の社会のおかしなところ……あっという間に2時間が経った。こんな生き方もできるんだ、ということを実証できる「実例」が増えて、とてもうれしかった。


 その他にも、5月下旬には、仕事で出かけた東京の三鷹で、これまた7〜8年ぶりに(連絡は取れる状態にあったけど、会っていなかった)やはり子どもの立場に立って教員をしているMくんとばったり。この出会い方は、何なんだろう。この社会が原子力発電で終わる前に会わせてやろうという、にゃーご様(→「こちら」を参照)のおぼしめしになのだろうか。

 少なくとも、新しい行き方を模索できるのは、今までの社会の支配的な価値観にがんじがらめに縛られた人間ではなく、その社会に疎まれていた人たちと交流していくことかもしれない、なんて思ったりして。原子力発電に反対する人が、これまであまりにひどい扱いを受けてきたように。
posted by さとる at 19:40| 日記