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2011年05月31日

本当に大事なものは何か、そこから考えよう

 今までひたすら書いてきたことを、とりあえずまとめてみようと思う。自分の整理のためにも、


1)原子力をコントロールしようということ自体がごう慢
 5月28日夜、福島第1原子力発電所5号機の海水ポンプが故障し、水温が30度近く上昇するなど、安定していたと思われる原子炉でもトラブルが突然おこる。事故から2ヶ月以上たった今でも、放射性物質の放出を止められないでいる。やはり、そもそも原子力を完全にコントロールできる、というのは人間のごう慢な幻想で、もともと制御困難なエネルギーだったのではないか。さらに地震や津波の危険が大きいこの国で原子力発電をすること自体、理にかなっていないのではないか。

2)なぜ原子力発電が始まったか
 歴史的には、原子爆弾を投下された唯一の国である日本が「核武装」まで考えられるように(米国は当時ソ連と冷戦下にあったので)、核アレルギーを「原子力発電」という「平和利用」で和らげようと推進された。実際、原子力発電の技術は、核爆弾の技術とつながっている。

3)情報は自分で得ていくしかない
 今や、政府・東京電力・メディアの流す情報は信用できない。放射線量は、地面から離れた上空で測るし、土壌・海水・食品についても、綿密に調査をしようという気がない。オランダ大使館を通じて、国際環境NGO「グリーンピース」が福島県沖の放射性物質を調査したい、という申し出が政府によって断られた。今は、猫の手も借りたい時ではないのか。もう自分で情報を得て、判断するしかない。今までも、これからも、原子力発電に不利な情報は隠されるか、(発表に)圧力を受けるかする事態が続くだろうから。

4)「安全だ」ということの方が「風評」
 「風評」という言葉が間違って使われている。福島第1原子力発電所を中心に、首都圏まで、農産物・海産物に放射性物質が付着または吸収されているのは「事実」だ。「基準以下なら安全です」とこの前テレビで絶叫している解説者がいたが、その「基準」に、たくさんの科学者が疑問を投げかけている。文部科学省の年間20ミリシーベルトなど言語道断、「子どもを殺す気か」と言っていい。少ない量の放射能でも、放射性物質が身体の中に入って内部被ばくを長期間続けた場合の影響は「分かっていない」が正解なのだから、「○○シーベルト以下なら安全」と言う方が「風評」なのではないか。

5)原子力なしでもやっていける
 今ある火力発電所や揚水式発電所をフル稼働させ、それでしばらく石油が必要になるとしても、天然ガスによる発電(ガスをとり出す技術の進歩で埋蔵量は百年単位で伸びている)を進め、自然エネルギーに投資をしていくというエネルギー計画を立てれば、原子力発電は不要になり、古いものからドイツのように廃炉にしていくことができる。しかし、すでに自然エネルギーはダメだ、というバッシングが始まっていて、ソフトバンク孫正義社長の「自然エネルギー協議会」批判も強まっている。やってみるしかないじゃん。そもそも、今でも原子力発電なしでも電力は足りているという計算もある。事故前の各電力会社のCMなどを見るに付け、「原子力発電所は安全だ」「原子力なしではやっていけない」と、莫大なお金のちからで洗脳されてきたことが分かる。

6)本当に大事なものは何か
 今私たちは、百年に一度あるかないかの岐路に立っている。電気エネルギーをどう確保するのが「幸せ」なのか。このままではいずれ、この国にもっと致命的な事故が起るだろう。なのに、現状の原子力発電を守りきって、自分たちの権益を確保しようと考えている人たちがたくさんいる。いちばん大事なものは「いのち」だということを伝えていく運動をしなくてはいけなくなってきた。

 とりあえずここまで整理できてきたぞ、と。
posted by さとる at 00:16| 原子力発電