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2009年10月01日

大野靖之、勝負に打って出る[ライブレポート]

 黒い裏生地がついたビロード風の白いワイシャツの、高く立ったカラーを気にしながら歌い始める。黒いしゃれたブーツと黒いベストなどもマッチして、貴公子然としている。

 しかし歌が始まれば、中味は生粋のシンガーソングライターだ。今までで最高の7人のバック(ギター2人、ベース、ドラムス、パーカッション、キーボード、バイオリン)を従えて、厚いサウンドに乗せて、大野靖之さんの声が会場(東京・赤坂 BLITZ)に響き渡る。9月30日午後7時。


 1曲聴き終わるまでもなく、声が今まででいちばん安定していることに気付く。もともとめちゃくちゃ歌がうまいのだけれども、まるで「声変り」をし切った時のように、音程から声量から、いちだんと「ブレ」なくなった。

 これはこのライブに向けて、そうとう練習を積み重ねたことを意味している。安定と言っても、こじんまりとまとまるのではなく、安心して聴けて、いくらでも変化させられる余裕もある、という可能性豊かな声の表現だ。いろいろな邪念を消し去ってくれる声質。これがもう大野さんの魅力の源泉であることをいきなり再確認する。


 今回はMCも短く、過去最大の18曲を2時間以上にわたって披露してくれた。このステージで初めて歌う完全な新曲がうち7曲。CD 化されていない曲は、13曲。つまり、今までのアルバムやシングルに含まれている曲は、5曲しかやらなかったことになる。すごいチャレンジだ。

 その新曲群はと言えば、ポップなメロディが戻ってきた、というのが率直な実感だ。「君に届くまで」「あいまい傘」「Dear」など、バラードでもアップテンポでも、ロックのテイストが入って、インディーズ時代の原点に返ったようなおいしいメロディがはじけていた。かなり安心した。ひとつのハードルを超えつつある感じがした。

 「Dear」では、サビの「君はそのままでいいんだ」をみんなでくり返すよう促し、こちらもすぐ歌えるほど覚えやすいメロディと、その言葉に託されたメッセージの的確さに、心が震えた。私も思わず全力で歌っていた。


 歌っている時の真剣な表情には、今回のライブに賭けている気迫が表れていたし、歌い終わった時の素直な笑顔は、全力を尽くした爽快感があふれていた。根っからシンガーなんだなぁ。素敵だった。


 もちろん、今までの大野ライブを支えてきた家族の話は封印、乳がんの早期発見をめざすピンクリボンキャンペーンの話も、去年キャンペーンを一緒にやり今年7月亡くなったシンガー川村カオリさんの話を切々と語る。そして彼女の代表曲「ZOO〜愛をください〜」をカバーして歌う。ここの曲への感情移入もすばらしかった。

 アンコール前ラストは、インディーズ時代から歌っている「仲間讃歌」。これを持ってくるところに、大野さんが何にこだわっているかが見えてくるようだ。


 アンコール1曲目も新曲だったのだが、その曲を歌った後にサプライズ。なんと大野さんの作詞・作曲ではないという曲。SMAP の「らいおんハート」などたくさんのヒット曲を書いている小森田実氏が作ったと言う。そして、これが久しぶりに出すシングルになるのだとも。

 確かにヒット性満載の曲だったし、過去もシンガーソングライター売り出しの手法として、有名な作詞者・作曲者に作った曲をヒットさせ知名度を増してから、自分の曲で勝負する方法はけっこうとられていた。でもこの方針を受け入れた時の大野さんはどんな心境だっただろうか。

 自分の曲で勝負したいのは当然だろうけれど、この戦略に乗るしかないという中で、それが今の自分のミッションだと納得したのだろうか。


 新曲はすべてラブソングばかりだった。曲はさっきかいたように満足できる。しかし、歌詞は物足りない部分も、ぶっちゃけある。恋愛の風景をもっと、大野流に加工してほしいと思ったのも事実だし、ラブソングではない曲を作ってほしいとも思った。

 ラブソングで行く、というのは大野さんを売ろうとしている周囲のプロジェクトの方針なんだろうと推測する。でも今、こんなとんでもない社会の中で、恋愛だけを切り離して歌えるものだろうか。メッセージ性ある曲も聴きたかったなぁ。

 ライブ終盤、「生きていれば」「弱虫な時代」「Dear」「仲間讃歌」と、硬派な歌やメッセージ性の強い歌が並んだ。こんなラインナップだって、今の日本の状況に、格差社会にあえぐ人たちに届く曲たちだと思わずにはいられない。


 大野さんは、自分の意志としてラブソングを作りまくった、と強調していた。自分の経験だけでラブソングを書くのは限界がある、増えてきた友だちの結婚式にでるたびにプレゼントとして書いた新曲をもとにしたり、映画を見たり、日常の風景からドラマを想像したり……作る苦労を語っていた。

 でもそうであるのならば、もっと自由に、ラブソングではない曲もたくさん書き、バラエティに富ませてもいいのではないか。大野さんの選んだ道に、私は何も言える立場にないけれど、これがひとつの「賭け」であることだけは間違いがない。その「賭け」が成功して、自由にのびやかに大野さんが曲を作れる日が来ることを願ってやまない。

 そうは言っても、今日の大野さんの歌に賭けた気合いと、気合いが入っているのにあくまで温かい美しい歌声とに、癒されたなぁ。
posted by さとる at 00:16| 大野靖之