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2009年05月14日

剛紫 the ファンカフル・シンガーソングライター[後編]

 5月12日、東京JCBホールで剛紫(堂本剛の新プロジェクト)ライブを堪能してきた。レポートの続きです。


 ENDLICHERI ☆ ENDLICHERI → 244ENDLI-x →剛紫、と名前を変えてきた理由が分かった気がした。この3つの名前をよく読むと、エンドリケリ……、つよしエンドリックス、つよし。そう、次第に「堂本剛」……「ありのままの」剛に近づいているではないか。

 KinKi Kids の堂本剛から脱し、「ありのまま」を出すにはどうしたら模索するために、まず別人格になる。次に「剛」に顔を出させる。そして「ありのまま」にかなり近づいた形でこの夜の「剛紫」になった。実際今までは、「ありのまま」で歌いたい、とライブでも言っていた気がする。


 「ありのまま」の堂本剛は本当に物静かだった。生活も30歳になって変わってきているという。ほとんど飲みに行かなくなり、11時には寝る。朝気持ち良く起きるとお香をたき、切り花をする。

 たぶんもともと、堂本剛はそういう生活をしたかったのではないだろうか。しかし芸能界はそんなことを許してはくれない。それができるところまで、必死に持ってきたのではないか。その間の苦労や挫折の時に、たくさんの人に助けられたから、これからは自分が誰かを助けたい、それもみんななんて言えない、助けられる人だけを助けたい……とも語っていた。

 近くで見られたので、自然な無理のない形でこうした言葉たちが堂本剛の身体から出てくるのを目の当たりにできた。「フェイク」ではない、「本物(リアル)」だった。終演後のスクリーン(今回は終始曲に合わせた映像が流されていた)には、メンバー紹介の後、「I」「LOVE」「REAL」「AND」「……ME!」と出て終わった。自分を愛せなければ、自分らしくなれない、ってことなのだ。


 それでも「音楽に救われた」「音楽がなかったら自分は死んでいたかもしれない」と必ず語る彼にとって、アンコールと言うか第2部で、30分以上にわたって予定を超えてセッションをしたのは、もちろん楽しくて仕方ないことだったろう。

 ただ、今までライブ終盤の直前においていた長〜いセッションを最後に持ってきたことを考えると、彼の「サービス精神」がなせる技なのかな、とも思った。以前ならセッション中恍惚となるくらいテンションを上げていたのに、どこかさめた部分を初めて感じた。

 もしかしたら、このセッションのあり方も変わっていくかもしれない。サービス精神も最低限以上は要らなくなり、さらに「ありのままの自分」でやるライブがこの先にあるような気がする。彼自身も変わっていく、といつも言っているように、彼はまだ100%「ありのまま」ではないのかもしれない。より「ありのまま」になるために、堂本剛の進化は続いていくのだろう。


 CDでもわからない、テレビでもわからない、雑誌や本でもわからない、ライブならではの、アーティスト本人と空間を共有し、その表現を身体で感じる。改めてライブの威力に感激したし、ライブでないと伝わらないものがあるとも思った。DVDでもたぶんダメで、その空間を共有した時だけに得られる「気」、その癒し力を強く体感した。

 ファンクを身体で体得し、いよいよ「当たり前の自分」を表現し始めた堂本剛を、ファンカフル・シンガーソングライターと呼んでおこう。