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2009年05月02日

映画『ミルク』ふたたび

 映画館に親友のひとりと『ミルク』を見に行った。その話からブログを再開する(映画については4月18日のブログ参照)。ゲイであることを公言して、米国で初めて政治家になったハーヴィー・ミルクの半生を描き、そのハーヴィー・ミルクを演じたショーン・ペンがアカデミー主演男優賞を取った注目作だ。アカデミー脚本賞も取っている。


 試写会の時は、狭い会場で落ち着かなく、来ていたメディア関係者の雰囲気も「好きで」見に来ているわけではない感じが伝わってきたので、集中できなかった。それが今回は、平日昼間にせよ、その親友と「ふたりきり」! こんなに見る人が少ないのを哀しく思ったけれど、映画の世界にはぐーんと入っていくことができた。

 見落としていたシーンの細部、例えばミルクが話している時周囲の人がどんな様子でいるか、ミルクと恋人の間にかわされる無言のメッセージ、ミルクの表情やしぐさに表れる迷いやとまどいやためらい……などが改めて意味を持って私に迫ってきて、試写会の時は泣けなかったのに、ミルクが暗殺された後、サンフランシスコの同性愛者たち数千人が夜、ロウソクを持って静かに行進するシーンには涙が出た。


 ミルクが、活動とプライベートを両立させるのに苦しむところは、 自分の問題とも重なるのでグッと来たなぁ。 ミルクは恋人に「自分と活動とどっちを取るのか」と問われて、どちらも取りたいと思いつつも活動を中途半端にするわけにも行かずに苦悩する。そして恋人と離れざるを得なくなる。自分もかつて恋人に、同じことを言われたっけ。

 とーーーっても大事だな、と思ったことは、ミルクは、自分が権力を持とうとか、 有名になろうとかいうことはまったく考えていなかった、ということだ。もちろん自分の求める政治を実現させるために「力技」を使うことはあった(やり過ぎに見えるくらいに〜でもそのくらいでないとマイノリティズに優しい政策が作れないという面もあったのだ)。

 しかし彼は、まったく自分が「えらいさん」になろうとは考えていなかった。自分は「運動の一部」であり、 自分が殺されたとしても、ゲイが「自分らしく」生きられるように活動を続けていってほしい、と遺言テープに遺す。すげーとしか言いようがない。何かを変えようと活動を始めたのに、いつのまにか自分の名を上げることが目的になってしまった人をたくさん見てきた。ミルクの究極的な謙虚さに心打たれると同時に、学んでいかねば、と思った。


 その証拠に、ミルクがただの「カリスマ」あるいは「リーダー」だったら、運動は彼の死とともに衰退していっただろう。しかし彼の支持者の中から、たくさんの継承者が現れて、その後の「エイズの時代」を耐えて生き抜いて、今も大規模で地道な活動が続けられている。映画制作にサンフランシスコ市全体がが協力した、というのもその現れだ(ミルクの家は、そこに今住んでいる人から半年借りて改装し、カストロストリートも当時の外見にできるだけ戻し、映画に当事者エキストラが大量にボランティア参加している)。

 ミルクはしっかり、周囲の人間に活動をつなげる細かい配慮をしていた。自分がいなくなったらできなくなってしまわないように「活動」を作っていた。そんなところも映画からたくさん見てとれる。自分はあくまで「役割」として目立っているだけで、運動が続くことを第一に考えていたし、後に続く世代に「希望」を残したい、と心から考えていたのだ。私も一緒に映画を見にいった若い親友に、伝えられることを伝えていきたい。


 それにしても、映画を観てくれる人が少ないのに驚いた。宣伝されていないこともあるけれど、上映期間が短縮される映画館もあるらしいから、ぜひ一度見てほしい。政治や活動、そして「希望」ある人間の生き方を考えられる、本当に素敵で素晴しい映画だから。

 そしてこの映画が作られるきっかけにもなった(スタッフロールで謝辞が述べられている)1984年のドキュメンタリー映画『ハーヴェイ・ミルク』(85年アカデミー長編ドキュメンタリー映画賞)にも注目してほしい(いま大阪で上映しています→「こちら」から)。



 ここで訂正を。4月18日の記事の「市政執行委員」の説明の誤りを、サンフランシスコ在住の Yoichi Hariguchi さんからご指摘いただいたので説明したい。Yoichi Hariguchi さん、ありがとうございました!

 米国の地方政治のあり方は州ごとに全く違っていて、日本のように、都道府県→市町村、と2段階あって、それぞれ議会を持ち、知事や市町村長が行政を執行する、というわけでは必ずしもない。州の下に「郡」があり、そこが行政単位になることが多いが、州の下にすぐ「市」が置かれる場合もあるし、本当に州ごとにシステムが違うのだ。同じ「郡」でもそこでどう政治が展開されるかも異なる。それぞれの地方にやり方を完全に委ねる、という発想なのだ。

 で、カリフォルニア州は、いくつかの市や地域を束ねて「郡」単位で政治が行なわれるのだが、サンフランシスコは例外的に、ひとつの「市」で「郡」扱いされ、独自の政治機能を持つ。市議会はなく、市長と、市政執行委員11名とが市の政治全てを決めていく。市政執行委員会が市議会と同じ役割を果たすと考えてもいい。だから、市議会とは別に「内閣のようなもの」と書いた私の説明は間違いでした。ごめんなさい。

 これは見方を変えると、市政を運営するのに、たくさんの議員はいらない、という思想も含まれていることになる。日本の議会の形式化を見ていると、それもありかなと思えてくる。

 映画に出てくるマルコーニ市長は、この市政執行委員の選挙法を小選挙区にして、各地域ごとの代表がでるように改革した。それまでの全市1区での投票に比べ、アフリカ系、中国系、そしてゲイと、さまざまな階層の市政執行委員が選ばれるようになり、多様な意見が市政に反映されるようになったのだ。その中でミルクも当選したわけで、市長の功績は大きい。

 なお「こちら」のサイトから、ミルクの遺言テープの一部をそのまま聴くことができます(Yoichi Hariguchi さんの情報)。サイトへ行ったら、中ほどの“Listen:Gotta Give 'Em Hope”というところをクリックしてください。

 Yoichi Hariguchi さんに感謝を込めつつ、ブログを再開します!



posted by さとる at 15:22| 日記