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2009年04月07日

25年ぶりの再会と、20歳との熱い語らい

 私が最初にした仕事は、千葉県のとある私立高校の非常勤講師だった(まだ20代後半!)。高校1年の現代社会を2年半担当した。この「半」というのがミソで、当時その地域は「管理教育」と呼ばれる、校則や暴力で生徒を仕切ってしまおうとする風潮が各学校に満ちており、それを生徒から聴いて驚いた私は、生徒の声で「管理教育」を告発する本を出し、それがけしからんということで、契約年半ばでその高校をクビになったのだった。


 本にできるくらい生徒のホンネを聴けたのも、私が生徒と「遊び回る」と形容する方が正確なくらい、生徒と「交流」していたからだ。授業でも、校則から人権を考えたり、性教育もしたり、具体的で日常的な「現代社会」を展開して、とにかく若気の至りで突っ走った。

 だから昔のことなのに、この時かかわった生徒たちのことを最もよく覚えている。自分流が確立された2年目は特に印象深く、また、個性的な生徒も多かったので、顔と名前がほとんどまだ一致する。


 前置きが長くなったけれど、3月28日、その高校で私の授業を受けた元生徒さん(とみ)から、ミクシーを通じてメールが来た。ここで「教え子」という単語を使うと話は早いのだけれど、私はこの言葉にどうもごう慢なにおいがして、言い方がまどろっこしくなっても、あえて使わない。まるで自分の所有物みたいじゃん。まだ「弟子」の方がいい。

 メールには「先生との出会いは今でも人生の誇りに思っています。 そして、何らかの影響もしっかり受けています。 ぜひ機会があったらお会いしたいです」とあった。


 こうした再会は「縁」であり「タイミング」でもある。いろいろやりとりして、昨夜、4月6日に、「とみ」と会った。

 25年ぶりだったけれど、もちろん顔も覚えていた。そのままの「とみ」がしゃれたバー(60〜70年代のロックをかけてくれて、渋いマスターがいる素敵な店)のカウンターにいた。私も彼に「変わっていない」と言われた。

 25年経って、お互いに、顔や体形が変わっていないはずはない。それが「変わっていない」と思えるのは、生きる姿勢とそこから出てくる「気」が変わらずキープされているからだ。それがお互いにうれしかった。


 3時間30分話したけれど、25年の経過報告をそれぞれ10分の1も話せなかった。しかし気分はもう「ツーカー」だった。自在に生きている「とみ」は素敵だった。パートナーの女性も素敵に生きていた。ふたりの息も合っていた。


 こんな出会いが25年後に演出されるとは予想だにせず、私は高校生たちと「青春」をいっしょに味わっていた。途中から当時の私の家の2階は、高校生たちのたまり場になっていた。週末は誰かが必ず遊びに来ていて、だべり場か、居酒屋か、雀荘になっていた。休みの時や文化祭の後は「合宿所」の様相も呈していた。

 いまから考えるとメディアで大問題になりそうなことすれすれの交流もした。でも、自分が伝えたいことを、自然体で懸命に(矛盾する表現だけどそんな感じ)伝えようとしていた私に、ウソはなかった。

 自分の生き方が、こんな形で自分にブーメランのように戻ってくることもあるんだ。私のエネルギーレベルも上がってきているからかもしれない。


 前日の日曜には、今どきの20歳と、熱く語り合って時間を忘れていた。彼も、自分らしく、そして高校講師時代の私のように、自分を表現し、自分をぶつけてきてくれる。彼からもたくさんのことが学べる。歴史がくり返しているようだ。

 2日続けて、人の「縁」と人とつながることの大事さを、思う存分体感した。「感動」疲れするほどだったけれど、私にまた、たくさんのエネルギーが注入されたことは間違いない。その2人に、心から感謝したい。これからもお互いに影響を与え合っていこうねっ!

posted by さとる at 22:17| 日記