無料 アクセス解析RMT

2008年11月23日

山田泉さんを悼む(大野靖之さんとの奇跡的な交わり)

 大分県豊後高田市の元養護教員、山田泉さんが、21日に乳がんのため亡くなった。まだ49歳の若さだった。


 山田さんとの出会いは8年前くらいだっただろうか。性教育をしている教員たちの集まりで知り合い、大分県の性教育の研究会に、私とパートナーを呼んでいただき、私たちは多様な性のあり方について自分たちの体験を軸に話をした。偏見もまだ多い中、私たちを呼んでいただいたそのパワーがとてもうれしかった。そしてそれがほぼ、山田さんが乳がんだと診断された時期に当たる。

 だからせっかく山田さんがきっかけを作ってくれた会だったのに、講演会当日は体調不良で山田さんには来てもらえなかった。その時は私も勝手に、楽観的に、あの元気で行動的な山田さんが亡くなるはずなんてないと決め込んで回復を信じていた。

 のちに別の会で再び大分を訪れた時には、山田さんと歓談し、さらに山田さんのところに相談に来た、同性が好きで悩んでいる高校生に、会って話してほしいと頼まれ、車でその高校生と話しに行った。彼とは今も交流がある。そんな面倒なセッティングもいとわずにこなす、本当に面倒見のいい、生徒に信頼される「保健室の先生」だった。


 その後、体調を悪くして休職、復職後には、みずからの闘病体験をもとに、たくさんのゲストを交えた、生と死を考える「いのちの授業」を始める。生徒たちに文字通り「身体を張って」、生きることのすばらしさと大事さを伝えた。それも、決して押し付けではなく、さりげなく、しなやかに。

 2005年にガンが再発、再び休職してさらに復職したものの、昨年退職した。私も山田さんと連絡を取らなくなって数年が経過していた。退職後も、各地の学校やイベントに招かれて、授業や講演を続けていた。

 いつものことなのだけれど、東京で講演があった時、出かけていって言葉を交わしておけばよかった。悔やむばかりだ。


 それが思わぬことで、テレビで山田さんの顔を見られたのがほんの少しの救いだろうか。今年の2月、フジテレビ系のドキュメンタリー番組「NONFIX」で大野靖之さんが取り上げられた時だ。

 乳がんで母親を亡くした大野さんは、大分に出かけた時、山田さんの属する「大分乳がん患者の会」と交流し、ライブも行った。山田さんもその日は体調もよく、緊張すれども気持ちを精一杯込めて歌い上げる大野さんの歌声に涙していた。

 大野さんは山田さんの自宅も訪ねて、語り合う。大野さんに対して、どうお母さんに接してほしかったか、と尋ねる山田さんの姿に、誠実以上のものを感じて、胸がつまった。


 私はうれしかった。応援するシンガーソングライターである大野靖之さんと、敬愛する素敵な教員である山田泉さんが出会ったことに。奇跡に近いスピリットを感じた。

 山田さん、何年も会えなくてごめんなさい。でもあなたが私の中に残してくれたあったか〜いぬくもりは、決して手放さず、それを同時に受け継いでいるであろう大野さんといっしょに、護っていきたいと思います。本当にありがとうございました。ご冥福をお祈りします。
posted by さとる at 23:35| 大野靖之