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2008年09月02日

やはり「人ごと」な福田首相の辞任

 もう日本の社会は単純明快な理屈も通用しなくなっているようだ。突然の福田首相の辞任記者会見のことだ。


 以前から首相の口からもれている言葉ではあるけれど、「ねじれ国会」(衆議院と参議院で第1党が違う)のために、法案審議がままならない、何でも反対されてしまう、と民主党のために政治運営ができなくなったことが辞める理由のひとつになっていることを強調していた。

 これまた私も以前から思っているのだけれど、2005年9月に行われた衆議院議員選挙(自民党圧勝)と、2007年7月に行われた参議院議員選挙(民主党圧勝)の結果がこれだけ違ったら、まず衆議院議員選挙をやり直して、いま現在の国民の気持ちを議会に反映させるのがスジではないか。

 これだけ変化の激しい社会では、有権者の政治に対する感じ方だって、激しく変わって当然だ。争点も状況も違う時点でやった選挙で「ねじれ国会」ができることはおかしなことでもないし、これからもいくらでも予想できる。


 政治には、いろいろなことが起こる。「ねじれ」ている時だってある。そんな時こそ、じっくりと慎重に事を進めるのが政治家ではないのか。

 なのに法案を通すのに、参議院で否決されたら、強引に衆議院で再議決して事足れりとして、2005年9月の「民意」にすがって、2007年7月の「民意」は無視する。衆議院再議決なんて「伝家の宝刀」は極限に抜くべき「伝家の宝刀」であるはずなのに、それをいとも簡単に使ってしまう。しなやかな対応とは言いがたい。


 なのにメディアも、「人ごと」のように「ねじれ国会」で法案が決まらなくて困る、なんてきれいごとをいう。首相と同じように「もっと与野党で話し合いを」なんて言う。

 でも衆議院と参議院とこれだけ政党の構成が違ったら、簡単に審議が進まず、何も決まらないのは当たり前であって、法案が通せないのなら選挙をやればいいだけなはずだ。もっとも通って私たちの暮らしがよくなりそうな法案には見えないものばかりだけれど。

 なのに「ねじれ」ているから何も決められない……辞める……となると、ただ、だだをこねているようにしかみえない。


 そうそう福田首相は「人ごとのよう」と質問した記者に対して「私は自分自身を客観的に見ることができる」「あなたとは違うんです」といったらしい。人間としてのおごりを感じる。「よりましな選択」でもいいから、早く選挙権を行使したい。

posted by さとる at 23:02| 理不尽なこと