無料 アクセス解析RMT

2008年08月30日

w-inds. 三位一体のミラクルライブ[後編]

 ダンスと歌だけで勝負してしまう。魅せてしまう。ある意味不器用で、ある意味大胆不敵で、ある意味超カッコいいグループが w-inds. だ。

 8月28日の夜、東京は武道館で、私は昨年にも増して、w-inds. の3人が身体から発する「気」に圧倒され、自分も彼らと同じくらいの運動量でダンスしてきたかと錯覚するくらいの爽快感を得た。


 例えば「アメあと」というバラードの絶妙さなど、もうたまらない。彼ら3人のレパートリーには、ダンスをフィーチャーせずに、ヴォーカルとラップとギターで構成するバラードもある。だからよけいに「アメあと」のすごさが目立つ。

 ダンスが盛り上がるのはやはりアップテンポなダンス向きの曲である。ところがこの「アメあと」は、もう生粋のバラード。しかし、3人はメロディに付けられた静かで微妙な動きを、さらりと(と見えるほど)こなしてしまう。

 手足や肩や身体全体の微細な動き、とっても難しい振り付けだ。少しずつ違うささやかな動きが曲のイメージをしっかり表現している。絶品だ。この曲がシングルで発売されたときの PV よりもいっそう深化していた。彼らが決して立ち止まっていない証拠でもある。


 もちろんダンサブルなナンバーも、踊れる歓びを全身に満たして、全力で表現する。前編で書いたように、彼らは手を抜くことを知らない「マジメ」なダンサー&シンガーなのだ。

 それを映像で見るのと、同じ空間にいて直接見るのとでは、残念ながら伝わってくる「気」のレベルが変わってしまう。身体から出た、自分をたっぷりつめ込んだ「表現」の「気」は、カメラのレンズを通すと、どうしても弱まってしまう。

 これは彼らの責任ではなく、ダンスや歌というのは、つまりもともと音楽というのは、パフォーマーと時間と空間を共有したときにこそ、もっともよく伝わるものなのだろう。ライブの根源的意味でもある。


 だから、w-inds. のすばらしさを知ってもらうのが難しいのは、音楽業界内の事務所の覇権争いといった問題(CD 売り上げやライブ動員数などで資格があるのにメジャーな音楽番組に出られない)だけでなく、彼らが表現する「身体」を映像で伝えにくいこともあるのではないか。

 例えば、少ないテレビ出演を実現しても、カメラワークに恵まれたことが少ない。顔のアップもいいのだけれど、一人ひとりの体のしなやかで魅力的な動きはなかなかとらえてくれない。3人のコラボレーションもはずされてしまう。


 そんな中で、ライブ前に、8人のファンの方たちとお会いした。私を招いていただいたAさんの仲間たちだ。

 これがまた「マジメ」な方たちで、2時間の交流の中でほとんど語られたのは、w-inds. のすばらしさをどうやって多くの人に知ってもらうか、という話。『オリコン』などチャート誌の問題点から、テレビ局やプロダクションやレコード会社のあり方まで、分析も深い。

 地方のテレビ局を狙って番組を作ってもらおう、勝手にアイドルなどと分類して聴こう(観よう)ともしない音楽評論家たちにはたらきかけよう、話ははずみにはずんで、まるでプロダクションの戦略会議のようだった。いやプロダクション以上かもしれない。アーティスト・w-inds. への愛にあふれている分。


 そして、一人ひとりが w-inds. を広めていこうと決意してライブへ向かった。意を決して職場の後輩に話したら「聴いてました」と過去形でいわれたショック、彼氏に隠れてライブへいかないといけなかった……。みんないろんな苦労を重ねている。

 こんな素敵なファンがいるだけで、アーティストの素晴らしさも透けてくる。w-inds. ……ダンスしているところを観ているだけでエンパワーメントされたのは初めてに近い体験だ。9月の追加ライブにはいくっきゃない。

posted by さとる at 00:01| w-inds.