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2008年08月25日

選手たちになぜ「お疲れさま」が言えないのか

 またまた長い間休んでしまった。8月はとにかく仕事が集中し、23日には、神奈川県横浜市にある「放送ライブラリー」で、公開セミナー「ひょっこりひょうたん島の魅力を語る」の司会の大役を無事つとめあげて、帰宅後は疲労が極限状態になり、24日は何もしないでくつろいで過ごした。自分に「お疲れさま」と言いながら。8月、全日休めるのはこの日だけだ。

 その間にオリンピックがあった。各競技に登場する選手たちがつくり出す台本のないドラマがあるから見ていられるものの、国家や企業の思惑がからみ、環境にも優しくないオリンピックはなんだかなー、と感じることがしばしばだった。


 その「ドラマ」の中では、女子ソフトボールの選手たちが、ものすごく苦しい状況でも笑顔を忘れず「泣くのはイヤだ笑っちゃおう」という「気」を強く出して、楽しそうにさえ見える闘い方をしていたのが印象に残った。

 解説の元監督・宇津木妙子さんも、感動に流された解説ばかりの中で、クールに選手たちに厳しいことばを投げかけ、しかし金メダルが決まると解説席で号泣するという、すばらしい技量と感情表現を見せてくれた。

 対照的なのが、男子野球チームだった。どうにもチームがまとまっていない上に、真剣勝負を味わう余裕もなく、ただただ悲壮感と使命感だけを漂わせていた。ダルビッシュが頭を丸刈りにしてきたとき、私は「負けたな」と思った。彼が自分のスポーツ哲学と違う行動をやる妙な気分になってしまったことが、チームの乱れを象徴していたから。


 そんな中でもっとも悲しかったことは、Yahoo! の結果速報に付いていた「応援掲示板」だ。

 もう、ひぼう・中傷・差別的表現の連続で、見ていてめっちゃ落ち込んだ。日本の相手選手(チーム)をこれでもかと罵倒し、ときには真偽の怪しいプライバシーを暴露し、偏見に満ちた言葉を次々と投げかける。

 負けそうになると同じことが日本人選手(チーム)に対しても行われる。さらに掲示板に書き込んだ人に対しても、「経過を書いてほしい」「うるさい! BS買え!」となじる。これがオリンピックがもたらすもののひとつなのだ。


 いま野球に関するメディアの見出しには「屈辱の敗戦」という言葉が躍っている。どうして「屈辱」なのか、これが自国の選手だけでなく、相手の選手にも礼を失していることになぜ気がつかないのだろうか。まるで「戦争」だ。

 結果を静かに受け入れ、選手に「お疲れさま」というところから始められなくなったスポーツやオリンピックは、どこへいくのだろうか。

posted by さとる at 15:14| 理不尽なこと