少し前の話だけれど、今年1月の「大学入試センター試験」の問題に尾崎豊のことが書かれていてびっくりした。
現代社会の第5問、文章を読んで下線部に関する問いに答える問題の中でのことだ。
青年期の葛藤が表現された例として、「友へ チング」「理由なき反抗」などの映画があげられたあと、歌でも表現できるとして、1980年代、「尾崎豊は、もがき苦しむ青年の気持ちを謳った『十五の夜』、『卒業』などメッセージ性の高い歌を発表した」で始まる[ちなみに正しい表記は『15の夜』〜これはご愛敬]。
さらに当時の校内暴力などの背景に触れ、「対抗文化の持つ意義について、いまでも人々に考えさせるところがある」と続き、驚くなかれ、まだ終わらない。
「1992年に26歳の若さで急逝した彼は、生前、スターに祭り上げられて行くこと自体にも、激しい戸惑いを覚えていたという」。これで問題文の3分の1を占める。ちなみに、この部分は問題を解くのに全く関係ない。
というか、設問は下線部「対抗文化」の意味を尋ねているだけなので、尾崎豊のことを知らなくても、全く差しつかえがなく、下線部以外は全て読み飛ばすことが可能だ。
問題は、
1)多数派の人々が共有し、社会の中で支配的な力を持つものである。
2)異国の人々が共有し、その国で広く定着しているものである。
3)世代を超えて受け継がれ、長年にわたって守られてきたものである
4)既存の秩序・体制を批判し、社会変革の原動力になり得るものである。
もちろん、正解は「4」だ。これで3点。
マークシート形式の試験というのは、答えの数字をマークするだけで、思考のプロセスや自己表現力などは問われないわけだから、人間の能力のごく一部しか測っていない。さらに「センター脳」とでも言うべき、マークシート用の頭脳の使い方やテクニックが存在する。
この試験から「既存の秩序・体制を批判し、社会変革の原動力に」なる能力を持つ人が見つかろうはずがない。いや、センター試験そのものが「既存の秩序・体制」なわけだから、こんな問題が出るととまどってしまう。
尾崎豊も「天国で、センター試験に生き方を取り上げられること自体にも、激しい戸惑いを覚えて」いるのではないだろうか。
この問題文は終盤で、現代の青年は「映画や歌で描かれているような激しい反抗や意思表示は、必ずしも見られない」が、内なる葛藤としっかり向き合うのが青年期の意義のひとつだと締めくくる。
読みようによっては「他人事」のようによく言うよ、である。青年を骨抜きにしてきたもののひとつに、どう見ても受験制度があるわけだし、反抗や意思表示をさせないような学校教育が展開され続けているのだから。
とは言え、尾崎豊が教科書にも載り(現代社会と音楽)、センター試験にまで出るほどになったことは、それなりに感慨深い。
実は入試のあり方も、国公立大学に関しては最近、かなり変化の兆しが見えていて、単純な情報処理能力ではなく、柔軟に考えたり対応したりできる能力を測れるように工夫されるようになって来つつある。
制度の枠内という限界はありつつも、自由英作文を書かせたり、時事問題を大胆にテーマに取り上げたり、ひと味違う問題が増えている。
「既存の秩序・体制を批判し、社会変革の原動力になり得る」人材が大学から生まれるようになってほしい。尾崎豊を取り上げたんだから。って、無理だろーなー。
2008年04月13日
尾崎豊がセンター試験に!
posted by さとる at 22:56| 音楽の周辺