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2013年10月05日

10月5日のツイート

(0)深夜に乗じて、ホンネをつぶやきます!

(1)人がひとりいなくなるだけで、世界はこんなに変わってしまうものなのか。介護施設で、母が亡くなったことを確認してから、別のパラレルワールドへ入った気がして、街の光景がまるで違って見えた。違った風が吹いていて、自分の生き方が否応なく変わっていくことを体感した。9月29日。

(2)母親の死亡診断書に書かれた死因は「老衰」。悩みに悩んで、たくさんの本を読んだ末に、延命治療なし(医療機械を身体につけない)の「看取り介護」を選んで本当によかった。苦しまず、安らかに逝ったとのこと。99歳を生ききった、母を誇りに思う。

(3)たった3人に、でもとても穏やかで親和的な雰囲気の中で送られて、遺骨になった母。そこから急に喪失感が襲ってきた。人なつこくて、世話好きで、「天然に」人を差別的に扱うことをしなかった母。十数年の介護で疲弊し、不平も漏らしたけれど、やはりいとおしい。哀しい。切ない。10月2日。

(4)覚悟はできていたつもりなのに、定期的に施設に通った毎日、携帯が鳴ると母の訃報ではないかとドキッとした毎日、そして借金までした経済的負担からも解放されるというのに、心は晴れない。当たり前か…。しばらく元気になれそうもない。「喪」の時間が必要みたいだ。休みたい。

(5)母を知る旧友たちも、NPO「すこたんソーシャルサービス」のスタッフたちも、どう感謝していいかわからないほど、温かいメッセージをくれた。ゆっくり休んでほしい、というコメントにホッとした。その一方で、この社会では、近親者が亡くなってもすぐ仕事に戻るのが美徳とされる。それに近いことも言われた。でも本当にそうなのだろうか。

(6)せめて、どんな時にも仕事が最優先、といった姿勢だけは取りたくない。折りあいも付けるけれど、納得がいくまで、母親と向き合って語り合い、自分の心にやさしくしてあげたい。癒やしてあげたい。親が危篤でも、働くあるいは試合に出る…なんてのが美談になるのっておかしくないか。

(7)年金や介護保険など、これからたくさんの面倒な手続きに追われる。それでしばしつらさを忘れられるけれども、時間がとられることも確かだ。だから仕事を休まざるを得ない。休もう。私的なことがだいじにされずに、公的なことが優先される極限は「戦争」なんだし。「私」を大切に。(終)
posted by さとる at 02:26| 日記